むーみん協奏曲

ただのサラリーマンの日常です。

若者のすべて

気がつけば暑くなってすっかり夏ですね。


研究室に配属された辺りから明確な『夏休み』という区切りがなくなって、夏を特別視しなくなった。過ごし方も他の季節と大差ないようになった。

小さい頃には夏休みがあり、母に夏祭りに連れていってもらったり、プールで遊んだり、家族でキャンプに行ったりしたし、もう少し歳を取れば友達と海や旅行に行ったり女の子と花火大会に行ったりなんていう淡い思い出もあって、とにかく夏にはイベントがたくさんあった。
それらは所謂ノスタルジックなものであったり、甘酸っぱいものであったりして、とても思い出深いものである。


そりゃ大人になってからも花火大会なんかの季節のイベントに行ったりもするし、夏が来たという高揚もある。

でも高校生や大学生の頃のように
『夏がきたぞ!楽しみ尽くしてやるぞ!!』
みたいな感情が薄まってきているのではないかとふと思った。



去年は社会人になって初めての夏だったわけで 、どんな夏になるんだろうかと多少はわくわくした。
でも、盆を除けば休みなんか普段と変わらないし、毎日会社に行って帰ってを繰り返している内に肌寒くなっていた。

歳を重ねるうちに夏が味気なく色褪せたものになってる気がした。


果たして本当にそうなんだろうか。

確かに体感する『夏』は短くなった。それは夏を満喫するのに費やせる時間が少なくなったので仕方のないことだと思う。

でも、社会人になってからも奥琵琶湖に行ったり淡路島に行ったりちょっと思い出すだけでも夏を感じられるようなことはしているし、猛暑のなかふらふらになってサッカーをしたり日が長くなって冬場なら真っ暗な帰り道に夕焼けを見てキレイだと感じたりすることも夏を味わっていると言える。

限られた時間の中で、たとえ小さくても『夏を感じられるもの』を拾い集めていくことで夏を楽しむことは出来る。


ももう26歳で、『若者』と言われる年齢からおじさんへと着実に近づいてきている。
それでも心持ちと行動力で10代のころと同じように夏を思い切り楽しめるはずだと思う。


今年は地元で過ごす最後の夏になる。
(もう7月も終わりに差し掛かっているが…)どんな夏が来るんだろうとわくわくしている。

フジファブリックの『若者のすべて』を聞きながらそんなことを思いました。