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むーみん協奏曲

ただのサラリーマンの日常です。

人生最大の報酬は知的活動によって得られる

『人生最大の報酬は知的活動によって得られる』

キュリー夫人の言葉だ。
放射線の研究における彼女の業績は言うまでもない。
物理学者として大好きな研究に明け暮れ、後世に大きな影響を与える業績を残し、ノーベル賞まで受賞した彼女は、かつて物理学者の卵であった私にとって(私も院生の頃、有機薄膜太陽電池の物性について研究する、れっきとした『物理学者』だった)憧れの的だ。

学問をするということは、知識の量が増える。そうすれば広い見識で物事を考えることができるようになる。
ただし、これらはベースに過ぎない。
得た知識をもとにどのような発見をするか、どのようなモノを開発するかというのは研究者(もしくはエンジニア)のsenseによる。

これは私の持論だが、senseはある程度後天的に鍛えることが出来ると思う。
日々の些細なことに対しても、常にアンテナを張り巡らせて観察と考察を行う。
この積み重ねをやっているかいないかで、いざ研究(もしくは開発)の場に直面したとき、発想が大きく異なる。

こうした知的活動によって大きな功績を残すことは言い表せない幸福感に包まれるであろうことは言うに及ばない。


就職を機に私は研究者からエンジニアになった。
自由な研究の場を提供してくれる大学の研究室から、メーカーの開発部へと所属を移した。

そこにあったのは官僚主義であった。
官僚主義の会社が必要としていたのは知的活動を行うエンジニアではなく、笑顔で何でも言うことを聞く労働者であった。

少し前のエントリーでも書いたが、会社に入り知的活動を行う機会などまるでない。

今の部署に配属になり、プログラマーとして生きていこうと決意した。
それからプログラミングを勉強しているが、それを活かす場など与えられない。
『ソフト開発をやらせて欲しい』
という主張は
『どうせまだ出来ないだろ』
と一蹴される。

年度が変わり、仕事内容も少し変わりそうではあるが、この先どうなることやら。
エンジニアとしてのキャリアパスについて日々思い悩む。


今日は少し早く帰れそうなので、帰ったらJavaで作りかけているプログラムの続きを書こう。