あおぞら。

ただのサラリーマンの日常です。

マイクロソフトのC#無料セミナーに行ってきた

先日、マイクロソフトC#セミナーに行ってきました。

このセミナーのいいところは何と言っても、C#を開発したマイクロソフトがなんと『無料』で教えてくれるところ。

定期的に行われているみたいなので気になった人は一度調べてみてください!


C#基礎編のセミナー内容は以下のようになってます。
※参加には事前の申し込みが必要ですのでご注意ください。

1日目:配列とコレクション
2日目:オブジェクト指向とライブラリ
3日目:ファイルアクセス
4日目:HTTPとWeb Service
5日目:ネットワークの基礎


今度新たに作るアプリケーションにネットワーク部を実装する必要があり、調べてみたら都合良くセミナーが開催されていたので5日目の『ネットワークの基礎』に参加しました。


以前からこのセミナーの存在は知っていて、C#の勉強を始めた頃、上司に行きたいな~っとアピールしましたが、
『さすがに5日連続、しかも東京は無理』
と断られ、その時は諦めてしまいました。


日本マイクロソフト品川本社はJR品川駅から徒歩で5分くらいで着きます。
屋根の着いている歩道橋一本で行けるので、雨にも濡れません。

一階で受付を済ませ、エレベーターで31階へ。
お客様専用エレベーターがあり、セミナールームのある階まで直通でした。


セミナールームはそこそこ広い部屋で(全員で50人くらい座れる)、机の上にはセミナーで使うPCとテキストが置かれていました。

セミナールームの隣は休憩所のようになっており、ペットボトルのお茶やジュース、カップのドリンクなどが用意されており、なんとこれも全て無料!
他の参加者の人たちも浴びるように飲んでました。

休憩所からは東京の街並みが一望でき、これはさすがに
マイクロソフト凄すぎ』
と思わずにはいられませんでした。


午前中はプロトコルやISO基本参照モデル、IPアドレスなどネットワークの基礎的な内容についての講義でした。

正直、基本情報を受けたときに全部勉強した内容で、かなり退屈でした…(笑)

午後からは実際にPCを使ったハンズオンでの演習になります。

socketやTCPのクラスやメソッドについての説明があり、その後テストプログラムを自分で作ります。

個人的には午前の内容を薄くして、午後の演習の時間をもう少し取って欲しかったかな、と思います。


そんなこんなで、あっという間にセミナーは終了。


C#のセミナーに行けたことはもちろん良かったですが、ITに関わる仕事をしている人間として日本マイクロソフトの本社に行けたことはいい経験になりました。


お時間があるのであれば、皆さんも一度行ってみてはいかがでしょうか。

2017年

いよいよ2017年が終わりますね。


2017年は私にとって本当に大きな一年だった。

社会人になって約半年働いて2016年の年末には
『技術者として食っていくためにもっと知識を身に付けなければ』
という焦りがあったし、それが2017年の私の原動力となっていた。

品質管理検定2級や技術者情報技術者などの合格率が低く、世間的には難しいと言われてる資格にも合格したし、独学でプログラミングも勉強した。
4月からは希望していたソフト開発のチームに移れて、実際に仕事でソフト開発も行った。
自分の作ったソフトが思い通りに動いたときはとても嬉しかった。

プログラムの修得は社内で誰かが教えてくれるわけではなく、完全に独学で行わねばならず、かなり辛かった。
でも『ソフトを開発したい』という強い気持ちで乗りきれたし、それが自信に繋がった。

プライベートも結婚して家庭を持ち、公私ともに充実した日々を送れたのではないかと思う。

(引っ越し、基本情報、会社の昇給試験、結婚式とつまっていた9月~11月は常に何かに追われていて死ぬほどしんどかった。)


また、ハネムーンで訪れたニューヨークで(ITの盛んな西海岸ではないが)アメリカの文化を生身で感じることができたことは私のなかで本当に大きかった。

ここで言葉で綴れないようないろんな事を学べたし、また自分の英語力の無さも痛感した。
現地の人の話す英語に癖があったり、スピードが早すぎたりで聞き取れなかったことがあったし、何かを質問されてとっさに答えられなかったこともあった。
日頃から英会話の勉強はしていたが、まだまだ未熟であることを痛感させられた。

これから超情報社会になり、より世界が身近になっていくなかで、IT技術者として世界中の技術者と意思疏通するためにも英語力を上げたい。
(ソースコードで会話する、なんて言う人がいるがナンセンス極まりないと思う。)




振り返れば色んなことがあった一年だった。良い一年だったと思う。

ここ数日で2017年の振り返りはしたし、明日しっかり2018年の計画を立て、新たな一年に向かっていきたい。

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(夕暮れのブルックリン橋から見るマンハッタンの高層ビル群)

基本情報技術者試験を受けてきた

試験を受けてからだいぶ間が空いてしまいましたが、10月15日に平成29年度秋の基本情報技術者を受けてきました。

いろいろあって(後述)、合格発表までドキドキしましたが、無事に受かってました。

(基本情報が終わってから2週間後に会社の試験があり、さらに11月は結婚式もあったので、どたばたしていてゆっくり記事を書く時間がありませんでした。)

受験記録として、ざっくりとまとめておこうと思います。


まず、基本情報技術者という試験ですが、情報処理推進機構(IPA)というところが行っている試験になります。
れっきとした国家資格で、合格すれば経済産業大臣から合格証書がもらえます。
合格率はだいたい20~25%程度で推移しています。H29年は22.1%でした。
合格率をみても、難易度は決して低くなく、それなりに勉強が必要だと言えるでしょう。

午前、午後と試験が2つに分かれています。午前試験はいわゆる暗記問題、午後試験は問題がかなりの長文で出題され、解くには少し考える必要があります。
ボーダーラインは午前、午後ともに60%。

午前はしっかり勉強すれば確実に通ります。
午後は問題との相性や難易度などに左右されるところもあり、運の要素も大きいと思います。多くの人はこの午後の問題に苦戦するのではないでしょうか。午後は5つ(JAVA、C、COBOLアセンブラ表計算)の中から1つを選択するプログラミング言語と、必須問題ののアルゴリズムの2問がそれぞれ20%の配点を占めており、ここをどう攻略するかが大きなカギになるといったところでしょう。

◼午前試験
余裕で突破。8割以上ありました。
幾つか見たことがないものが出てかなり焦りましたが(いまさらPerlなんかについて聞くな!笑)、しっかりと得点を積み重ねられて良かったです。
初見の問題は仕方ないのである程度は絞れるとこは絞って、後は諦めて勘に頼るしか無いですね。


◼午後試験
問題の午後試験。
基本情報の午後試験は長文がたくさん出るので、長文が苦手な人なんかにとっては大変な試験です。解いていてもかなり疲れます。
受験者にとったら午前は軽くパスしてここからが本番といった感じではないですかね!

自己採点は7割(均等も各予備校の配点もほぼ同じだった)でしたし、実際もほぼ自己採点通りでした。
受かりはしましたが、午後はなんともスッキリしない結果となってしまいました、、、
その要因はやはりプログラミングですね。


去年Javaを少し勉強していたし、今年はC#を仕事で使ってるので同じオブジェクト指向Javaならいけるだろうと思い、Javaを選択することに。

単純に表計算を選択すればかなり楽ができたんでしょうけど、プログラマーの端くれとしてのプライドもありますし、基本情報技術者の資格が欲しいというより通信・ITの勉強する上での1つのきっかけとしての受験だったので、その趣旨からしても『表計算ではなくプログラミング言語だな』と選択しませんでした。

一応Javaの対策本を買って勉強しましたが、ページ数も多く、内容もJavaの説明メインの教科書といった感じで、時間の無い中、なかなか読み進めることが出来ませんでした。
それでも過去問を解くと常に5~8割は取れてましたし、満点を取れた回もあり安心してました。
(後に知ったのですが、満点を取れた28年春の回は全体的にめちゃめちゃ簡単で合格率は過去最高の30%だったとか)

しかし、今回のJavaはかなり難化しており、ほぼ壊滅。全然解けませんでした、、、

プログラミングの壊滅により、帰り道は不合格を確信してかなり落ち込みましたが、帰って自己採点すると2~7の選択問題がほぼ満点だったので何とか合格圏に滑り込めてました。

あと、悔いはアルゴリズムですね。
文字の並びに関する問題だったのですが、問題文の文字列の並び順を読み間違えており、2問間違えてしまいました。
配点の大きいアルゴリズムで満点を取れたと確信してたのでかなり痛いミスですし、ショックでした。

今回は過去最低の合格率だったみたいで、とりあえず無事に受かっていてうれしいよりもほっとした感じです。


以下、勉強法を。

⚫午前対策
まず、参考書を一冊買ってきて丸暗記する勢いで何周も読み込みました。
僕はインプレスから出版の『簡単合格 基本情報技術者 教科書』を購入しました。

感想としては、よくまとめられており、図を使った説明などもとても分かりやすくて良かったと思います。この一冊を丸暗記するだけで午前試験は問題ないと思います。

他にも『栢木先生の基本情報技術者教室』、


『キタミ式イラストIT塾 基本情報技術者

なども評判が良いみたいです。
(実際に試験会場ではこの三冊を持ってる人が圧倒的に多かったですね。)

最初は見慣れない単語が多くあり、読み進めるのもかなり苦しいですが1周、2周くらいで完璧に覚えられる人なんていませんので、肩の力を抜いていきましょう。そこから徐々に『このページは覚えてる!』って所を増やしていけばいいです。

(余談ですが、私も1周目はかなり苦労しながら読み進めていましたが、稼働率の計算など微妙に以前受けたQC検定2級の知識がそのまま使えるところがあって、プチラッキーを味わえました。)


ある程度覚えられてきたら、過去問道場さんや購入した過去問の問題集等で実際に問題を解き、間違えたところを確認して暗記するようにしました。

これくらいやっておけば午前では8割は取れると思います。


あと、午前対策は過去問を解いて間違えたとこだけ参考書などで覚えたらいいと言う人がいます。
僕はそれは良くないと思います。

基本情報の午前試験は過去問と同じような問題が結構出ることがあるので過去問を解いて、その解答を暗記すれば確かに合格点は取れると思います。

単に基本情報技術者の資格が欲しいならそれでもいいですが、ITエンジニアとしての基礎を固めたいのなら参考書を一冊読むべきだと思います。
参考書では単元ごとにまとめられていて、関係のある単語が近くで説明されているため、全体像がつかみやすいと思います。
また、やはり説明のスペースも多くとれるため、丁寧なのでわかりやすいです。



⚫午後対策
午前の対策がある程度進み、ベースとなる知識がついたら、午後対策として過去問題集を解きました。
やったのはこれだけです。

使った過去問題集は参考書の問題集版です。


午後の問題を初めて解くと、最初は文字数の多さに焦りますが、しっかり読めば午前の知識を使って日本語の読解をするだけの問題が多数なので、午前対策がしっかり進んでいればそれなりに点が取れると思います。

僕は過去問を解き初めの頃は時間を気にせず、わかるまで考えてました。そうして問題の出題傾向や解き方などを体に覚えさせました。
最初は3~40分かかる問題もありましたが、慣れてきたら早く解けるようになってくるので心配いりません。
ある程度短い時間で解けるようになったら今度は15分~20分程度で解くようにして時間感覚を身につけました。

この勉強法で試験直前には時間内にしっかり解ききれるようになってると思います。


過去問をやるときは、プログラミング以外の選択問題(問2~7)も全て解いていました。もう一度言いますが、午後はどんな問題が出るか『運』によるところもあるので、実際に本番で自分に合いそうな問題が出る分野はどこかなんてわかりませんしね!

Java対策は以下の参考書を使いました。


◼総括
QC検定2級と同様、しっかり勉強したら受かるレベルの試験だと思います。

あと、何を目標に受けるかですね。

就職や転職のために取りたいなら過去問解いて丸暗記&表計算で効率よく合格するのもありです。

ITの基礎知識を身に付けたいなら参考書を買ってしっかり勉強しましょう。
午前試験はIT業界で使われる用語等がたくさん出てきます。
そのため過去問を丸暗記して60スレスレで受かっているようでは、IT業界では通用しないと思います。


最後に、たまたまでもこの記事を見てくださった皆さんが無事に基本情報技術者に合格されることをお祈りいたします。

滋賀を旅立つ日

気持ちがいいほど青くすんだ秋空の下、いつもの通勤電車がホームに入ってきた。
この電車に乗れば、もうこの駅に帰ってくることはない。

年末の記事に近々結婚するかもしれないと書いたが、いよいよその時期が迫ってきた。
奥さんと住むために今日実家を出た。仕事後は実家ではなく、奥さんの今住んでいる家へ向かう。

いつもの電車に乗っている、席を奪い合ったおばちゃんも、英語の本を読んでるおっちゃんも、スポーツ医療の勉強をしてる専門学生もずっとスマホをいじってる女子高生にももう会うことがない。
いつもの通勤電車の風景も、もう見ることはない。
何気無いものでも、いつもそこにあって当然だったものが無くなることは、やはり寂しいものだ。


社会人になって実家に帰って来て一年半がたつ。
駅から遠いだの電車の本数が少ないだのといろいろ文句を言っていたが、両親と暮らす最後の愛しくて大切な時間だった。

帰省することはあっても、もう実家で暮らすことはない。おそらく下宿から会社の寮にでも入っていればこんな気持ちにもならなかっただろう。でも、一年半といえど実家に戻り、再び家族の暖かさに触れてしまったので、今は寂しくてたまらない。


父は昔はとても怖くて近寄り難かった。
気難しいとこもあり、避けた時期もあったが必死に働いて私を大学院にまで行かせてくれた。

母からはいつも愛を感じた。
いつもにこにこしていて私のためにといろんなことをやってくれた。正に『無償の愛』を感じた。
気難しい父とやってこれたのも母の優しさがあったからだろう。

両親には長生きしてほしい。全然親孝行らしいことが出来なかったので、親孝行のチャンスを存分に与えてほしいものだ。


明日は有給をもらっており、この連休に引っ越しをする。
新居は大阪だ。
大阪を離れて一年半。こんなに早く帰ってくることになるとは思わなかった。

今は不安と期待が入り交じっている。でも、きっと最高の毎日が待っているはずだ。

今日のことはきっと忘れない。

お父さん、お母さん今までありがとう。

大津PARCOの閉店

先日、大津PARCOが閉店した。
理由は成績不振だそうだ。

まだ幼かった頃、たまに母に連れられて大津に買い物に行った。
大津には西武百貨店とPARCOが隣接して立っており、大津へ買い物に行くとなると決まって西武百貨店とPARCOへ行くのだ。
私の実家から大津までは少し距離があり、幼い私にとっては大都会に冒険へ行くような気持ちだった。

社会人になって実家へ戻ると車を持つようになり、友人たちが滋賀に遊びに来てくれた際には車を出したりした。
そして京都や大阪へ帰る友人達を送るためによく大津まで車を走らせた。
その際はたまにPARCOでご飯を食べたり、アイスを食べて一休みしたりしたものだ。


そんなPARCOだったが、今はもう映画館しか営業しておらず、大津の夜にキレイなアクセントを加えていた『PARCO』の看板の光は消えてまった。


滋賀にはピエリ守山というショッピングモールがある。
以前まで『日本で一番キレイな廃墟』と呼ばれていた。
私も訪れたことがあるが、ピエリ守山は(おそらく)3階建てで敷地面積もかなり広いにも関わらずほぼテナントが入っていない。ほとん全ての店舗にはネットがかけられており、さながらシャッター街だった。お客さんもほとんどおらず、店内にいる人間といえば清掃の人と受付のお姉さんくらいだった。
そのため『日本で一番キレイな廃棄』と皮肉を込めて呼ばれていたのだ。

そのピエリ守山も一念発起して、H&Mなどのファストファッションを呼び込んだり食品売り場の設置を行い、リニューアルを果たした。

その結果、多くの人で賑わいを見せるようになったという。


私はまだまだ勉強不足で経営やマネジメントのことはよく知らないがピエリはリニューアルを、PARCOは閉店を選んだ。

ピエリのようにお金をかけてリニューアルした結果、客足が戻らなければ大打撃なので閉店を選んだのはやむ無しかもしれない。

近江大橋を渡った対岸にはイオンがあり隣の守山市でピエリが盛り返したとなれば仕方のない判断だろう。


PARCOの跡地には別の商業施設ができるらしい。

それでもPARCOが約20年の歴史に幕を下ろしたことを寂しくおもうひとはたくさんいることだろう。


私も通勤電車の車窓から少し寂しくなった大津の夜景を見て、なんだか切ない気持ちになった。

夏が終わる

お盆休みが終わった。
っと思ってたら8月も終わろうとしている。

夏の終わりだ。後は残暑で暑い日がだらだらと続き、気がつけば肌寒くなってる。


お盆休みはだいぶのんびりと過ごしてしまった。

今年は遠出する予定も無かったことから、当初は基本情報や会社の昇給試験、プログラミングの勉強をたんまりする予定だったが、兄の帰省や高校野球の誘惑、友人たちに会いに行ったりであまり勉強に時間を割けなかった。
おまけに大学生の頃から、勉強時に使ってた近所のパン屋さんが閉店していたのだから、、、
(一階がレジ二階がイートインスペースになっており、コーヒーはおかわり自由というかなり良心的なお店で重宝していた。川の近くで持ち帰りの人が多いこともあり、イートインスペースは静かな時間が多かった。)

まぁ、今となってはある意味リフレッシュ出来たのだからこういう過ごし方もありっちゃありだと諦めもついている。


そんなお盆休みも終わりに差し掛かった頃、ある同期と飲みに行った。

彼とはたまに飲みに行くが、大半が仕事の話だ。
そんな飲みが面白いのかとよく言われるが、面白い。

彼は技術営業に配属になった。もともと回路設計をしたかったそうで、人事の課長からも希望通り配属は回路設計でほぼ決まりだから、うちの会社に入って欲しいと懇願されたとか。
しかし、蓋を開いたら技術営業に配属。当初は相当ムカついたそうだ。

それでも彼は業務に対してひたむきに頑張っていた。
やりたかった回路の勉強は仕事後や休みの日に行っていたそうだ。

ある日、うちの製品のIoTについて教えてほしいと言われた。
業務でお客さんに説明していくなかで、通信のことなどについてよく分からなかったそうだ。
これをきっかけに彼はIoTに興味を持った。

今まで勉強した回路の知識を使い、自費で基盤を購入してC言語でプログラムを書き、Wi-Fiバイスを作ろうとしているそうだ。

仕事でIoTをやりたくなった彼は、私の部署に異動願いを出すと言っていた。


うちの部署に来ても君の思ってるような仕事は出来ないかもよ、と私は言った。

彼は

それでもいい。初めは雑務や事務作業ばかりでも、開発の現場にいたい。そして、自分のやりたいことがどうしても出来なくて転職したいと思ったとしても、開発にいたというキャリアが自分を助けてくれるはずだから。技術営業を続けていては自分の理想としたエンジニアにはなれない。

と言った。


同期にここまでストイックな人間がいるのかと感心した。

君は本当にストイックだな、と私が言うと
君が頑張っているから負けてられないんだよ、と彼は言った。

なんだか嬉しい気持ちになった。



今の部署に配属されてから、課長からパワハラまがいのことを多々受けている。
管理職でありながら、チームを管理できていないのは明白だった。
私に対しても仕事量を本当に把握してくれてるのかと言いたくなるような仕事の振り方をしてくる。そして、自分の思うように事が進まなければ、私に非がなくても高圧的な態度で怒ってきたり嫌みを言ったりする。

そして、相変わらずプログラムをやりたいと言う希望は聞き入れてもらえない。
この一年半で作ったプログラムは、客先での評価で使うシミュレーションツールを一つだけだった。
(これは別の上司からお願いされて作った。)

正直焦りとイライラは限界だった。


今日も新しい仕事を与えられた。
トラブルの起きた客先のデータを取得してグラフ化することだった。
それを毎日しろとのことだった。

毎日毎日一時間も二時間もエクセルにデータを張り付けてグラフ化するだけの機械的な仕事を与えてきたのだ。

それを見た先輩プログラマ
『こんなのはエンジニアの仕事じゃない。こんなことを君にやらせるのは間違ってる。』
と怒ってくれた。

そして、
『君も自分がプログラマだと思うなら、こんな機械的な仕事はするな。こんなものはプログラムを組んでプログラムにやらせろ。』
と言われた。

確かにその通りだ。
このような機械的な仕事をやらせることはプログラマへの冒涜だ。
そして、これはきっと私の技術への挑戦なんだ。


せっかくC#Javaを勉強したんだ。
C#で作ったシミュレーションツールもバッチリ動いたんだ。

これは私の戦いだ。

若者のすべて

気がつけば暑くなってすっかり夏ですね。


研究室に配属された辺りから明確な『夏休み』という区切りがなくなって、夏を特別視しなくなった。過ごし方も他の季節と大差ないようになった。

小さい頃には夏休みがあり、母に夏祭りに連れていってもらったり、プールで遊んだり、家族でキャンプに行ったりしたし、もう少し歳を取れば友達と海や旅行に行ったり女の子と花火大会に行ったりなんていう淡い思い出もあって、とにかく夏にはイベントがたくさんあった。
それらは所謂ノスタルジックなものであったり、甘酸っぱいものであったりして、とても思い出深いものである。


そりゃ大人になってからも花火大会なんかの季節のイベントに行ったりもするし、夏が来たという高揚もある。

でも高校生や大学生の頃のように
『夏がきたぞ!楽しみ尽くしてやるぞ!!』
みたいな感情が薄まってきているのではないかとふと思った。



去年は社会人になって初めての夏だったわけで 、どんな夏になるんだろうかと多少はわくわくした。
でも、盆を除けば休みなんか普段と変わらないし、毎日会社に行って帰ってを繰り返している内に肌寒くなっていた。

歳を重ねるうちに夏が味気なく色褪せたものになってる気がした。


果たして本当にそうなんだろうか。

確かに体感する『夏』は短くなった。それは夏を満喫するのに費やせる時間が少なくなったので仕方のないことだと思う。

でも、社会人になってからも奥琵琶湖に行ったり淡路島に行ったりちょっと思い出すだけでも夏を感じられるようなことはしているし、猛暑のなかふらふらになってサッカーをしたり日が長くなって冬場なら真っ暗な帰り道に夕焼けを見てキレイだと感じたりすることも夏を味わっていると言える。

限られた時間の中で、たとえ小さくても『夏を感じられるもの』を拾い集めていくことで夏を楽しむことは出来る。


ももう26歳で、『若者』と言われる年齢からおじさんへと着実に近づいてきている。
それでも心持ちと行動力で10代のころと同じように夏を思い切り楽しめるはずだと思う。


今年は地元で過ごす最後の夏になる。
(もう7月も終わりに差し掛かっているが…)どんな夏が来るんだろうとわくわくしている。

フジファブリックの『若者のすべて』を聞きながらそんなことを思いました。